ウクレレ上達の法則:古典的でありながら、同時に自分流であること

こんにちは!
いよいよ上着もほぼ不要になってきました。
シャツとかスウェットくらいでいい季節になってきましたね。
さて、僕はいつも
自己流を避けて、大いなる古典を学ぶ事を力説していますので、
本日のタイトル

あれっ
と思った方もいるかと思いますが。
■もちろん、古典の重要性は変わりません。  ウクレレにしても書道にしても これを学ぶことが必須と思います。
 古典のなし得て来た様式美 を自己流で産むというのは無駄というか 自己満足的なことというのは変わりません。
■ただし、人間は自分で決めた事以外で 失敗したと思うと納得が行かないもの 人がああいったのでそうしたら、 うまくいかない!
 と未消化になってしまいます。
■この思いが強すぎる人が 勢い余って譜面があるにもかかわらず 古典を耳コピして10倍くらい時間を 使うのだと思います。
■10曲耳コピするのは凄いですが たとえば10曲を譜面で勉強すれば 11曲目から耳コピする力が 1/3の時間でついたりする訳ですね。
 
■自分でやったとかそういうことを よしとするのではなくて、譜面を書いて くれた先生と恊働作業で 良い音が出せたらいいではないですか。
■もどりますと その上で、自分流ということですが
 それは人は個性が体にも心にも ありますので、古典やいい方法も そこにあわせ込む
 かつ 納得して使う。
■ということです。 原理原則を受け入れつつ 細かい部分は自分用にカスタマイズする。
 基礎の納得できる部分までは さっさと受け入れて その応用を自分らしく創造する。
■そんな風に考えています。 つまり思考のOSはインストールするけど デスクトップやショートカットの配置 起動時に立ち上がる項目やソフトは カスタマイズしていく。
 ということです。
■そして自分のものとして納得ができるよう いろんなやり方を試して下さい。 10通りを学んでそこから1を得ればいい。
 1を0から産むのもいいですが どちらがトータルで (人類の知識や知恵のライブラリの中で) お得か僕は考えます。
■そして十分選べばそれは自分流と言えます。 0から1を自分が創造したなんてことは まあ、知らないだけです。
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