楽しい!と学ぶを決して切り離さないありかた。


こんにちは。日に日に暑いですね。朝方寝汗をかくことがあります。
さて、さいきん画像認識が面白くてiPhoneのアプリで名刺管理のソフトをダウンロードして過去頂いた名刺を取り込みまくりました。
移動中などを利用してご無沙汰の方に近況報告したところこんな返信を頂きました。
********ここからお便り**********■高橋さん Sです。
 こちらこそ、ご無沙汰しております。
 フェイスブックでは、 元気な姿をいつも見ておりますし、 かげながら応援しております。
 音楽って、当たり前のことですが、 音を集めて、楽しむことなんですね。
 たまたま、ピアノを習っている子供と 会話をしているときに、
 うまくなることばかりを押し付ける 妻の姿勢に、子供も嫌気があったそうで、  私も、なんとなく違和感がありました。 そんな中、会話の中で、子供に音を集めて楽しんだら という言葉が出ていました。
 これまでもこれからも応援しております。
********ここまでお便り**********
Sさんこのような意味の深い返信をありがとうございます。
■上達だけを追いもとめると 確かに楽しさが置いていかれるかもしれません。
■また音を集めて楽しむ という表現が美しいですね。 宮沢賢治の作品にも光を集めて 遊ぶ存在がでてきましたよね。
■しかし楽しさだけを純粋に追う ということはこれまた片手落ちだと 僕は思っています。
■すなわち楽しさと上達を決して切り離さない というのが僕の立ち位置です。
 ■この場合も押し付けられる上達速度が 本人の自然な上達速度を上回り 自然な速度を喜ぶ土壌が失われると 大きな違和感になるのではと思ったしだいです。
■先日、ウクレレに夢中になり 両親の言う事を聞かず練習し演奏したがる 御子を拝見しました。
■お子様の自然な上達を周りも 本人も喜び できたねー 綺麗な音だねー 楽しいねー
 と楽しんでいると
■上達への感心は沸き 人間の上達への欲求は大きな物ですので こんどは止めてくれといっても 練習をやめないお子様というのが出てきます。
■もちろんある年齢から開始した場合 体が硬くなっていたりしますし ある程度以上にレベルが上がってくると 目に見える向上速度というのはさがります。
■なので、状況をふまえて きっちりと、ゆっくりの上達を見極め 受け入れ、喜ぶ精神的な眼力というのが 必要になるのだと思うのです。
 ■ぼくの発言もとかく上達の技術などに ポイントが置かれてしまいがちなのですが これには適正な上達速度を把握して そのことを喜び祝福する。
 という社会的、精神的態度が 伴う必要があると、再認識しました。
純粋に楽しむだけという点にまだ考慮の余地がありそうです、つづきます。
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 それがある教育や肥料や日差しの組み合わせ では大漁、たわわに実ることがあるのだ。 天然、自然を引きだせばそれもの凄い力となる。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■