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能取岬(のとろみさき)へ向かう崖を眺めつつ「海」演奏動画
■こんにちは高橋です!
帰宅中の飛行機にて
メルマガを書いています。
2日目こちらの動画を撮影した後
神秘的な青の湧水「神の子池」にてアメージンググレイスを弾く
午後は
博物館網走監獄
の見学に行きました。
なんとなく東映の高倉健とかが出る
脱走するのか?ムショ暮らしの話なのか
網走というとなんとなし
刑務所のイメージですよね。
その程度の知識ですが、
訪れるとすごく勉強になりました。
■北海道の道は囚人の屍の上にできた
屯田兵とかの話はたまに聞いたものの
日本中から農家の次男以下が
開拓しに行ったとか
御武家さんが役人として行ったとか
そういうふうに開拓が
進んだようなイメージですが
その前に囚人たちの過酷な
歴史があったんです。
農地を作ったりもしたようですが
特別の偉業としては道を作ったんです。
■囚人道路
明治の頃ロシアが南下してくる
この脅威に対抗するために
早期に北海道を開拓する必要があり
その最初の部隊として
どうせ罪を犯した者たちだから
少々死んでもしょうがない風味で
政治犯など思想犯なども投入され
中央道路を作るときは
1115名の囚人がたった8ヶ月で
220kmを突貫工事で昼夜問わず
なんと普通の4倍の速度で原生林を切り開く
とんでもない工事で
6人に1人が亡くなる
という超過酷な仕事でした。
※北海道全体のデータ
囚人が開拓した道
トータル724Km
囚人が建てた屯田兵舎
トータル1474棟
囚人が開墾した土地の総面積
17,000,000m2
という感じで、半ば囚人たちのおかげで
北海道の開拓はなされた。
■博物館で学び思うこと
博物館は昨年かなりリニューアルされたらしく
囚人たちの苦労がかなり詳細にわかる
内容となっています。
本当に森の中を木を切り倒して
道を作って行ったんですね。
なんと亡くなる囚人は
道の側道に埋めて行ったそうで
道路を整地するときに
掘り返すと骨がどんどん出てきて
これらをのちに集めて
手厚く葬ったそうです。
まさに僕が車でビューンと通って
観光した道も囚人たちが作ってくれた。
このおかげで、楽々観光したり
多くの方が仕事したら出来るわけです。
■全ての道も文明も誰かが作ってくれた
こんなふうに考えると
ここまで過酷ではないにしても
全ての道も、あらゆる文明も
誰かが作ってくれたから
僕らは恩恵を受けられるんだな。
と改めて思うんですね。
■道つくりほどではないけど音楽にしても
音楽にしても過去の天才たちや
師匠たちが偉大な曲や奏法を
開拓してきてくれました。
これらの遺産を守るのはもちろん大事ですが
最初の道を命懸けで切り拓いた方から見て
その道の横にそっくりな新しく作ることは
どのように見えるでしょう?
僕にはあまり重要には思えません。
ありがたくこの道を守り、磨いて
その上で次の仕事をすること
それが、先人が切り開いてくれた
道への感謝を伝え恩返しとなり
過去と未来をつなぎ一緒に
創造することではないかと思ったのでした。
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