ウクレレ上達の法則:既存のウクレレっぽさ全否定した結果、真のウクレレらしさに至る道を見る


こんばんは!
昨日はオリジナルを大切にすることについてつらつらと書いたのですが。
これを書く事によって僕の中でも考えがまとまり
さらに言葉が紡ぎだされて来たようです。
このことは、ウクレレや楽器に限らず表現全般に言える事だと思いますのでなにか身近な事に置き換えて読んで頂ければ幸いです。
■既存のウクレレらしさ ああ、ボロンボロンの癒しね というようなイメージがあるかと 思うのですが。
■また、ウクレレヒーローがいれば 攻撃的な弾きまくるイメージ これが新しいウクレレだすごいだろ みたいな音だったり。
■楽曲に全然関係ないけど バンプを入れたりウクレレイメージの フレーズを入れたりと。
 もちろん、リスナーの記憶とか イメージを喚起し演奏効果を出す事は 悪い事ではないのですが
■そういう既存のべったりしたものに たよりすぎて、自分の仕事をおろそかにする これは非常に恥ずべき事態だと 思うに至りました。
■むかしの作曲家は楽器に助けられもしましたし 楽器の発展にも寄与しましたが。 原則としては頭のなかにある壮大な音楽 をこの世の中に表現したい!
 というパッションからそれらを成し遂げた。
■これが、既存のイメージに頼る事との 絶対的な違いです。
 もちろん、そんな世界にいきなりは いけませんので
 既存の方法を学んで学んで 学び倒すのです。
■そして沢山学んだ上で 安易な意味で聞く人の予定調和を満たす 安心感だけを与えるような
 「いい演奏」
 を僕はしたくないのです。
 
■せっかくブラスやオーケストラ向けに 作られた効果的な壮大な曲。 これだって最初はおそらくピアノ一台で 作ったはずです。
 ウクレレにもだいたい出来るのですよ。 (ある作曲家さんも言ってました)
■これを既存のウクレレのぽろりんの イメージに押し込むようなことは 台無しなんです。
 だからそんなものはぶちこわして いかに壮大に自由に、もとの 作曲家の意図が表現できるか! めざすのはそこです。
■もちろん、自分で作曲して 先をめざせればなお良いでしょうけど。
 ぼくには今、作曲ではなくて 編曲、演奏というチャレンジがある 状態のようです。
■そして、ウクレレの枠を壊すような 演奏を心がけていくでしょう。
 そうすると。  オータサンやいろんな演奏家がやったような。
 その時代の最高の音に近づきます。
■パラドックスですが ウクレレを超えていこうとする事で 最高にウクレレを鳴らす努力をするので もっともウクレレらしい音色になっていく
 というわけなのです。
 時代とともに少しは進歩することを祈っていますが。
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 既存のイメージに寄りかかることをやめ 音楽そのものの美しさをウクレレで表現すること
 これを突き詰めると、ウクレレの可能性が開かれ 過去の大家と非常に似通った音色が生まれる。
 ウクレレっぽさを否定しウクレレらしさに到達する。
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